昼休み,副業の関係で,会社の近くにあるPCショップに出かけた。
お客様が必要としているメモリを探しに行ったのだが,あいにく在庫がない。そこで,オーダーを出して,会社に戻ろうとしたら,途中の横断歩道で,園子さんにバッタリ出会った。
園子さんは,このあたりにある,日本からの留学生の斡旋や,ガーディアン(親に代わって留学生の保護者を引き受ける)の派遣をやっている会社で働いている。自らも何人かの生徒のガーディアンを引き受けており,ときどき,そういう学生さんのパソコンの修理などを私に頼んでくる。
「あらー,根本さん,久しぶり。」
「ああ,園子さん,ご無沙汰でした。」
「ちょうど良かった!根本さん,ちょっと,これからうちの事務所に来てもらえませんか?」
「はあ,いいですけど」
「今ね,日本から,留学生が一人いらしてるんですけど,その子のパソコンが,調子悪いっていうんですよ。見てやってもらえませんか。」
「ええ,今持って来てるんですか?だったら,いいですよ。ただ,今日は忙しいから,ちょっと見てみて,だめだったら,お預かりっていうことになりますけど。」
「ああ,そうですか。でもまあ,とにかく見てやってもらえませんか。」
「はいはい。」
ということで,ノコノコとついていった。
その横断歩道から2-3分の雑居ビルの2階に,事務所がある。
そうか,今日から4月。日本は新学期。年度の変わり目だから,留学して来る人がいるんだな。
園子さんによれば,今日だけで,合計10名弱のまとまった人数の生徒さんが来るんだそうだ。ただ,今来ている人は特殊で,その斡旋会社の東京本部で働いている人が,高校生の娘さんを連れてきたという。
なんでも母親もこちらにガーディアンの資格でビザを取って住み込み,娘の世話と,余裕ができたら,ガーディアンの仕事もやるのだという。こういう人は他にも何人か知っている。いま,こういう形の母子留学が流行っているというほどではないが,結構いるのだ。
事務所に入ると,まだ日本の学校の制服を着た女の子が心細そうに座っていた。お母さんらしき人は,ここのマネージャーの雅子さんと,なにやら真剣に話し込んでいる。
園子さんと私が入って来たので二人は一斉にこちらを振り返った。
「雅子さん,ちょうど良かったの。根本さんとそこでバッタリ会ったもんだから,来ていただきました。」
「あら,すみません。お忙しいところ。」
「いえいえ,いいんですよ。昼休みですし。」
「あの,こちらが,さっき話していた,パソコンの根本さんです。」
雅子さんの紹介で,その母親が私に挨拶した。
「ああ,どうも,お世話になります。」
「ああ,いえいえ」
私の体には,稲妻が走っていた。
どこかで見たことがある人だ。すぐにそう思った。
数秒後,思い出した。
あの人だ。絶対そうだ。だいぶおばさんになっているけど,間違いない。
しかし,さすがにすぐには切り出せない。回りでは,なにやら話しが目まぐるしく進んでいる。
娘さんが,かばんからパソコンをモゾモゾと取り出し,私の目の前に差し出してきた。
「ああ,これですね。ええーっと。電源入れても,何も出ませんか?それとも画面に何か出てます?」
ひとしきり,そのパソコンを見た。電源は入るがWindowsが立ち上がらない。よくある障害だ。
その場でお預かりと決めた。
もう,そんなことはどうでもよかった。
私は,ついに意を決して,切り出した。
「あの,失礼ですが...」
「はい?」
「すごく,変なこと,聞いていいですか?」
「は?」
「あの,昔,中野駅周辺,それも南側に住んでませんでした?」
「え?はい。高校まで。どうして?え?どうしてご存知なんですか?」
「実践に通ってたでしょ?」
「やだー。え?あの,どなたでしたっけ?」
「いや,覚えてないと思いますけど。それに,ぼくはだいぶ太っちゃいましたし。」
やっぱりそうだった。あたりだった。頭に血が上っていくのが分かる。顔が赤くなってないだろうか?思わず両手で顔を覆ってしまった。
中学から電車通学していた私は,中学,高校と,7時14分ぐらいに出る中野駅始発の総武線各駅停車に乗って通っていた。
それに間に合わない日も多かったが,それに間に合うと,始発なので,座って行けるのだ。
その電車に乗ると,60-70%ぐらいの確率で,乗り合わせる人が何人かいた。
近所に住む東京女学館の女の子。髪の毛伸ばした,慶應高校の男などなど。そして,この人だ!
東京女学館の青いリボンのセーラー服に対し,黒いリボンの制服で,渋谷のカラスと言われた,実践女子に通っている女の子。たぶん年は同じ。というのは,通い始めてから,ほぼ6年間ずっと同じ制服だったからだ。歳が違えば,前後何年か,乗り合わせることはなくなるはずだが,そういうことはなかった。中学1年から高校3年までずっと同じような時間に同じような場所で乗り合わせたのである。
ときどきギターを持って乗ってきた。すごくスレンダーで,色白で,まっすぐな髪の毛で,ちょっと地味だったけれど,清楚な感じの女の子だった。
別に,気があったわけじゃなかった。名前も知らない。でも6年間もの間,ときどき同じ電車に乗り合わせると,気になってくるのは当然だ。
高校3年の秋,文化祭に誘っちゃおうかと,かなり真剣に考えていたことがあった。
ところが,その矢先,彼女は突然姿を消した。全く乗り合わせることが無くなった。
一度だけ,渋谷で東横線に乗り換える通路を,逆方向にあわてて戻っていく彼女を見た。何があったのだろう?いや,一瞬だったから,人違いかもしれない。それが,彼女のセーラー服姿を見た最後だった。
そして,大学に入ってから,一度,中野ブロードウェイの3階の通路ですれ違った。お互い気がついて,振り返り,チラっと目があったが,私は突然のことに体が動かなかった。どこか,その付近のお店でアルバイトをしているといった感じの服装だったのを覚えている。彼女は忙しそうに,また歩いて行ってしまった。
そして,その人が,今,目の前にいるのだ。
と,ここまで書いていたら,4月1日が終わってしまった。この辺で作り話はおしまいにしようっと。
あーあ,こんなことがあったら感動だろうなあ。
メルボルンで,奇跡の再会というのは,全くの作り話。
だけど,こういう人がいたというのは,事実。
学校名,電車の時間などもすべて本物。突然乗り合わせなくなったのも本当だし,中野ブロードウェイですれ違ったのも,私の勘違いでない限り,本当だ。
ちなみに今は4月2日午前0時1分。もうエイプリルフールではありません。この記事の日付はわざと4月1日に強制的に変えてある。
この記事を見て,誰か,引き合わせてくれないものか?