大学2年から3年に進む前の春休み,スキーで右下腿部を複雑骨折。約2週間後,外傷が落ち着いたため,やっと手術を受けた。下腿骨の太い方に金属のプレートがあてがわれ,上下2箇所,計4箇所でネジ止めされて骨折部が固定された。
今回の話は,そこからさらに約1年が経ち,骨が十分着いたために,不要となったこの金属プレートを取り除く手術を受けたときのことである。時は1980年2月。
今回は,入院してすぐ手術に備えて,諸検査をし,入院三日後ぐらいに手術。その後,抜糸して,すぐに退院ということで,約2週間の予定だった。
勝手知ったる病院だったので,車を運転して病院に乗り付け,さっさとベッドに入り,看護婦さんにすべてをお任せした。車は?というと,病院の駐車場に置きっ放しにしてしまった。帰りもこれに乗って帰ればプレート取りたての不安な足で歩かないで済む。実際,ギブスをつけたままの右足で運転して帰った。
さて,今日のお題は「引き裂かれた恋」。つまり失恋についてである。
もっとも,恋といってしまうのは,かなり大げさか。
実際のところは,ちょっといいなと思っていた女の子がいたが,ある事件があったので,アプローチするのを止めたというだけのことである。
いや,まだおおげさだな。「止めた」などと言っているけど,とてもシャイだった私は,たとえその事件がなかったとしても,アプローチするようなことにはならなかったであろう。ということで「止めた」というのは正確には,心境が変化したというだけのことだ。
その「ちょっといいな」と思った女の子は,その時期に研修で来ていた準看護婦(何度も言うけど,当時の言い方です。今なら準看護師)の一人だった。
正看護婦は言わずと知れた白衣を身にまとっている。それに対し,準看は水色の服を着ている。数名が整形外科病棟に配属になった。その中の一人が,ひときわ輝いて見えた。とびきり美人というわけではないが,当時はやりのアイドルタレント,それも「かわいい娘」系で,ひまわりのような印象を受ける明るい子だった。歳も同じぐらい。向こうも私になんとなく親近感を持って接してくれているのが分る。と,まあ,これは勝手な思い込みかもしれない。
何度か,お世話してもらった。
今でも覚えているのは,入浴後に,髪の毛をタオルで乾かしてもらったことだ。そんなことまでしてもらったのだろうか?どうも記憶があやしいけれど,多分彼女らにとっては,仕事の一部として練習する必要があったのだろう。
なぜ覚えているかというと,そのとき,私が早く乾かすコツを伝授したからである。
当時の流行で,私も相当髪を伸ばしていたから,乾かしがいがあったと思うのだが,ただ,クシャクシャとバスタオルでしごいておしまいだった。私はいつも,そのあと,ブラシで髪の毛を揃え,再びタオルでクシャクシャと拭いている。今でもそうだ。こうすると,もう一段乾くのである。これを彼女に教えてあげたのである。結構,感心していたので,すごくうれしかったのだ。それで今でも記憶の隅っこに残っていたできごとである。
さて,数日後,プレートを取る手術を受けた。
これが人生4度目の足の手術だった。今まで3回はいずれも全身麻酔だったが,今回は下半身麻酔。腰の辺りから背骨と背骨の間に針を入れて麻酔液を注入するやつだ。
いくら手術慣れしているといっても,片手で足りる回数であり,さすがに緊張する。しかも今回は意識があるのだ。個人的には自分が知らない間に何かされるよりは,意識があった方がましだと思うが,それにしてもいい気分がするわけがない。
手術というのは,雑菌を嫌う。だから,患者はスッポンポンの真っ裸にされてしまう。そこに薄緑のシーツをかけて,手術室に入る。そして,ストレッチャーから手術台へは介助はあるものの,基本的には自力で移動する。
と,ここまでは前回と同じだ。前回はその後マスクをつけられ,あっと言う間に落ちてしまい,気がつくと終わっていた。
さて,今回は横になって,思いっきり腰を丸め,なるべく背中側の背骨と背骨の間が開くようにしておく。こうしないと,太い針が入らないのだ。そこで,緑色のシーツが取っ払われ,右を下にして横になっていた。
少し震えていた。緊張してたけれど,そのせいではない。震えるほどビビってなどいなかった。しかし,手術室が,裸の身には寒かったのだ。
「はーい,根本さーん。もう少しこっちに体移動して,くださいねー。」
はいよ。と一旦仰向けになって,振り返り,びっくり!
えー!気がつけば,俺の左側,3メートル離れたあたり,足元の方向から,準看が3名ぐらいで見学しているではないか!
そして,その中にあの子もいた。
あ,あれー,ちょー恥ずかしい。
ムスコは大丈夫だろうか?
いや,こんなときに元気ビンビン土気色というのもまずいが,かといって,あんまりしおれているのもそれはそれでいやだ。
思わずムスコをみる。
あー,ま,まずい!手術前の緊張と,この部屋の寒さで,すっかり縮こまっているではないか!
しおれている程度ならまだいい。ごく自然である。ところが,この非常時に,しぼみきっているのである。いや,この寒さで,はっきりいってこれは,からだの中にお隠れになろうという意志が見える。いうなれば,赤ちゃん状態。もしくは,フクロダケ状態である。
な,なんとか手を添えて隠したい。できればちょっとつまんで引っ張って,いや欲をいうならひっぱだいてすこし怒らせてやりたい。しかし,看護婦さんから,もっとこっちだとか,頭はこうだ,手はこうだとうるさく注文をつけられ,へそから下に手を伸ばす隙が与えられなかった。露出度はどんどん増すばかりだ。
そして今説明した,えびぞりのポーズを強要されたのだ。勢いお尻も丸めることとなり,どうも股間のあたりがスースーする。
ああああ,こんな格好でずっと居ろってか?
後ろから見えてる。絶対見えてる。
男だけの宴会で歌う,猥歌にこういうのがある。(デカンショ節の替え歌)
「おとーこー,木のーぼぉーり,下からみーれーば,ヨイヨイ,
腐れバナナーにーいー,つるしー柿。ヨーイ,ヨーイ,デッカーンショー,オ,デッカンショ」
2番は女の木登りだが,これはこれ以上下品になるといけないので,やめておく。
このときのことをこの歌で歌うなら,さしずめ
「おとーこー,オペーしーつ,よこからみーれーば,ヨイヨイ,
腐れクルミーにーいー,フクローダーケ。」
ああああ,絶対見てる。あの子も見てる。
さて,麻酔が入ると,今度は,右を下にして横になって,患部である右足を先生の手術がやりやすいように伸ばし,左足は引っ込めてろと言われた。引っ込めた,つまりは膝を大きく曲げた左足のやり場がない。女の子なら内股気味に落ち着くかもしれないが,股関節が痛い。勢い,大股開きになりそうになる。おっとっとと,あわてて足を閉じる。最悪だ。The mittomonaist experience in my lifeである。
悲しい。こんなみっともないところを見られてしまった。不肖のムスコよ,父さんは恥ずかしい。
きっとこのあと,準看の子たちで,フクロダケをネタに大笑いするんだろうな。ああ,いやだ。
しかし,間もなく,さすがに,左足と腰にかけて,緑色のシーツをかけてもらった。
でもその間,約5分。恥ずかしいところを,恥ずかしい状態で,惜しげもなく晒してしまったのだった。
もう,何があっても,あの子とお付き合いできない。
かくして,私の恋は,あえなく終わりを告げたのであった。短くもみっともない終わりであった。
手術の方だが,麻酔を入れて,足の感覚がなくなったところで,ただちに開始。
まず患部を切開。
切られたところは,何も感じないのではなく,鈍い痛みに似た不思議な感覚がある。
「ああ,これ麻酔がなかったら痛いんだな。」と想像できる変な感じ。
ネジを取るときは,足がググっとものすごい力で押さえつけられるのが分る。
ああ,ネジを回しているな。
ここまでは順調だった。
しかし,プレートを剥がすのに手間取った。プレートの回りに軟骨状のものがとり囲んでいて,ちょっとやそっとでは剥がれないのである。
ノミと金槌でカンカンと軟骨を削っていく。
執刀はコワモテの井手。
「おーおー,根本クンよー,プレートが離れたくないってさー」
ほざけ!このやくざ。
「ったく,荒っぽいなー,井手せんせー」
こちらも虚勢を張る。
再びトンテンカンと始まる。
やがて,チャリンと大きな音がしてプレートが剥がれ落ちた。
大工仕事とどこが違うんだ?
「よっしゃー,じゃ,縫合。」
切開の長さは約15cm,20針ぐらいは縫っただろう。
やがてなんだかチクチクしてきた。
プレート剥がしに手間取り,麻酔が切れてきたのだった。
「あ,ちょ,ちょっと痛いっす」
「お,痛てえか?痛てえ?ま,もうすぐ終わるからよ。
ガマンできるだろ。できる?できるな!
急いで縫うからよ,我慢しろガマン。」
「は,はい。い,いて,いてて」
もうフクロダケは,陥没してしまっているのではなかろうか?絶望である。
「いて,いつつつつ!」
「おう,おう,わりいわりい,だいぶ切れてきたな。よーしゃ,これで最後だからよ,もうちっとガマンしろ」
プチっと糸を切る音がして縫合が終わった。
お針仕事とどこがちがうんだ?
病室に戻った。痛みがだんだんよみがえってきた。
ところが,ムスコが起きない。
足とかの感覚は戻っているのに,ムスコは触っても人のモノの触っているような感触が手に残るだけ。ムスコには感覚がない。我がムスコは,いわば,意識不明の重態である。
大丈夫だろうか?
このまま,一生感覚が戻らなかったらどうしよう。
やがて消灯時間。
その前に看護婦さんが来た。
「あら,根本さん,まだおしっこしてないの?」
「はいー,別にしたくないんですが」
「寝る前にやっておきなさい。今シビン持って来てあげる。」
看護婦さんからシビンを受け取り,布団の中に突っ込んで,ムスコの首を突っ込ませる。
別にたまってないと思うがなー。だいたい,感覚がないのにどうやって出すんだ?
とりあえず,いつもと同じつもりで踏ん張った。踏ん張っても,感覚がないので,体の中で,踏ん張っているのかいないのか分らない。
だが,踏ん張りつづけていたら,おしっこが出てきた。
しかも,それが,出だしたら,止まらない。いつまでも出続ける。
こんなにたまってたのか?
いや,このまま寝てたら,夜中に膀胱が破裂してたかもしれない。
ムスコは翌朝,ぼんやりながら目覚めた。その朝はお元気ではなかったが,その日のうちに完全に回復した。
一時はどうなるかと思った。