今日,娘の学校で,いじめ対策についての話を聞く機会があった。世間は狭いもので,私の従姉の学生時代からの友人,Iさんの娘さんが,ご主人と共にメルボルンに住んでいる。
そのご主人はお医者さんで,こちらの病院で研修している。研修とはいえ,普通のここの医者と混じって,ふつうに勤務していらっしゃる。
で,そのカップルには二人の小さな息子さんがいる。Iさんは,その下の息子さん(Iさんにとっては孫)の初めての誕生日を祝いに,今このメルボルンに来ているのである。
さて,そのIさんであるが,千葉県で「いじめ・SOS・ちば」というNPO法人を主宰している。これは,一人でも多くの人に役立つよう,この場でも紹介したいと思う。詳しくは以下をごらんいただきたい。
いじめ・SOS・千葉:http://www.ijime-sos-chiba.net/
ここまで書くと,「Iさん」とかイニシャルにする意味がないのだが,まあ,この場はIさんで通すことにしよう。
で,仕事柄,オーストラリアでのいじめ対策はどうなっているのだろうか?ということで,私の娘の学校の担当の先生に話しを伺いたいということで,今日のミーティングをセットアップした。
会社を早引きして,4時に到着。日本語担当の先生にも入っていただき,「Dean of Pastoral Care and Students」という肩書きの先生にお話しを聞いた。
この肩書き,日本ではなじみがないと思う。元々が,キリスト教系の用語から出ている。(この学校も英国国教会系である)。まず,Pastoral Careというのが分からない。英辞郎などを見ても,もうひとつぴったりの訳が出ていない。まあ,純粋な学問以外の部分の生活全般についての指導をすることと思えばいいと思う。そしてDeanというのも馴染みがないが,要するにそのトップということだと思えばいい。英辞郎には学部長とか,司祭とか,ピント外れの訳しかない。まあ,キリスト教の用語から派生しているので,日本語でピッタリの言葉が見つからないのも無理はないだろう。
とにかく,まず学園長(小中高全体)がいて,その下にハイスクールとジュニアスクールの各校長がいて,ハイスクールについては,ハウスという縦割りのクラスに分かれている。これはイギリス式のやり方。7年生(中1)から12年生(高3)を通して6年間を同じハウスで過ごす。ハリーポッターでおなじみのやつである。
この違いが日本の方式とどう違うかというと,日本の場合は,まず1年生,2年生という具合に,横割りをつくり,その横並びをさらにクラス分けする。
ところが,イギリス式は,まずハウスという縦割りをする。さっきも言ったように,6年間,ハウスが変わることはない。また,ここがおもしろいのだが,兄弟がいる場合は,同じハウスに入れられる。親が卒業生の場合,親がかつて所属した同じハウスに入る。たまに例外はあるが,基本はこうなっている。
ハウス毎にハウスヘッドというハウス長の先生がいる。また,もちろんハウスの中で学年という横割りがある。それぞれのハウス&学年にHouse Tutorという先生が付く。娘の学校の場合,一つのハウスの1学年は平均して27人。これに二人のHouse Tutorが付く。もちろん,科目別にその他大勢の先生がいる。しかし,教育の要として,House HeadとHouse Tutorが共同して各個人の指導にあたることになる。実際,同席していただいた日本語の日本人の先生もひとつのハウスのハウスヘッドであり,今回の話題であるいじめ対策にも深く関わっており,実際,Deanの方の通訳というより,この先生から直接説明を受ける内容が多かった。
そして,こういうハウス制度とは別枠で,ハウスの枠を気にせず,学校全体として取り組んでいること,たとえば,Pastoral Careといった,個別の条項があり,その担当の教員がいる。その各部門の長がDeanと呼ばれている。他にはDean of Teaching & Learning,Dean of OperationsといったDeanがいる。
前置きが長くなったが,この学校の構成を理解しないと,今日伺った話が理解できないのである。
うちの娘の学校では,ちょうど今年からいじめ対策としてひとつのプログラムが開始されたところだそうである。これはVictoria州のどの学校でもやっているわけではない。しかし,多くの学校が同様のプログラムを取り入れているそうである。
まず,House Headや主だった先生が専門の機関に行き,二日間の研修を受ける。
これを元に,10年生(高1)にリーダーシップの指導をする。これは,1年間のうち,最後のクウォーターを除く3/4年の期間に9日間を割いて行われる。なぜ10年生かということには二つの理由がある。一つはこの先,11年生,12年生となったとき,Houseの中,あるいは個別の活動(音楽,演劇など)の中で,リーダーシップを取る機会が増える。その予習の意味をこめて10年生にリーダーシップを取らせる機会を与えるということ。そして,11年生,12年生の2年間はVCE(Victorian Cirtificate of Education)という大学選択,入学のためのカリキュラムと試験が行われるため,負担が増えるのでその前段階の10年生にやらせるのが適当ということらしい。
このリーダーシップの指導中に限らず,このプログラムのいかなる段階においても,「いじめ」という言葉は出てこない。まして「いじめはいけません!」などという指導はしない。やることは,ゲームなどを指導,実践して,仲間同士のコミュニケーションを図り,相互理解を深める。この一点である。
このリーダーシップのコースで,10年生は,ハイスクール入りたての7年生(中1)に指導するという形をとる。ゲームなどを交えて,新入生を仲間として取り入れつつ,相互理解を深めていく。そして,お互いを尊重しあうことを学ぶのだそうである。
つまり,いじめを防ぐより,まず,いじめが起きない土台作りをするということなのである。
具体的に,相互理解のために何をするか。例を挙げてもらったが,たとえば「あなたはどんな食べ物が好きか?」といったことを,お互いに尋ね合うそうだ。我々を含み,多くの移民が一緒に暮らしている国であるが,一方で,お互いの異文化を知らないまま過ごしている。こういう機会に,「私は寿司が大好き。あなたは?」「私は魚は一切食べない。肉は好きだけど。」「私は動物を殺して食べることはしない。でも魚や牛乳やタマゴはOK。」「私は植物しか食べない」などなど,いろいろなパターンがあることを知る。これをお互いに認め合い,理解する。
そして,互いに尊重しあうことが大切であることを学ぶ。
万一,いじめが発生してしまったら?その質問にはこう答えてくれた。まず,前述のDean of Pastoral Careを筆頭とし,その下にStudent Counsellorという人がおり,この人のいるカウンセリングルームにいつでも相談に行っていいし,いつでも気軽に相談できるような指導,環境作りをしている。また,各ハウスに,House HeadとHouse Tutorがおり,さらにキリスト教系の学校なので,Chaplainという人がいる。これは牧師さんであり,宗教的立場から,相談にのり,アドバイスを与える。
こういういろいろな段階に,いろいろなケースに対応する態勢ができている。
Deanの方によれば,「いじめられた生徒の心のケア,そしていじめた側の指導も大切です。いじめた側にはいじめたという自覚がないことが多い。そういう生徒に,いじめられた側がどういう気持ちがするのか考えさせることが大切」と語る。
まあ,当たり前といえば当たり前。しかし,こういうことをまず土台作りというポジティブな視点から開始する姿勢に,感銘を覚えた。
幸いうちの娘の学校では,上手く機能しているようである。もちろん,誰も「我が校にいじめはありません」とは言わなかった。それは多かれ少なかれ,いじめは発生する。しかし,Deanの言葉を借りると,「学校によっては,いじめが一種の伝統のようになってしまっている。特に男子校に多い。そういう学校ではいじめが見過ごされがちであり,解決策は転校しかないという場合がある。でもうちの学校はそうであってはならない。なんとか学校の中で解決していくのです」と強調していた。
そういうわけでうちの学校は大丈夫のようだ。もちろん,これで100%安心ということではない。また,このシステムで望めることは,かなり楽天的であり,これがどの学校でも,あるいはどの学年のどの時点でもうまく機能するとは思えない。まして,これを日本で取り入れようというとどうか?まず取り入れられるかどうかという,受け皿の問題があるし,できたとして,これがうまく機能するかという点も難しいだろう。
Iさんが言っていたことで,「日本ではゲームなど,内にこもって過ごす子供が多く,これがいじめの遠因になっている」という。これは確かに当たっているだろう。それに対し,日本語の先生から「ここでももちろんゲームやコンピューターなどに夢中になっている生徒はたくさんいる。でも,ここでは,勉強ができるというだけでは,人間として評価されない。それ以外に,スポーツ,音楽,演劇,キャンプなど,いろいろな活動もこなさなくてはならず,ゲーム一辺倒では生きていけない。いやでも他人とのコミュニケーションが必要になる。」と言っていた。確かに娘の学校は音楽,演劇などに力を入れているし,キャンプは過酷で有名である。女の子といえども,キャンプに行ったら,まず穴を掘り,トイレを作らなくてはならないそうだ。4泊とか5泊とかテントで暮らし,シャワーを浴びられるのは1回か2回。帰ってくると泥だらけで臭い。うちの子は砂場で遊ばせないでくださいなどという日本の親が聞いたら卒倒するだろう。
Iさんも深い感銘を受けたことと思う。「うらやましいです」と言っていたのが印象的であった。少し,娘の学校が誇らしく思えた。高い学費を払っている甲斐があったというものである。でも,今日受けた説明は所詮,きれい事であって,実際には,いじめ防止のために,生々しい闘いが必要なのだと思う。それでも学校としての取り組みの姿勢は評価できた。学費に見合った満足度を感じた!(なんでこう,金にこだわるのかね?貧乏人の証拠)
Iさんには,ここで得られたヒントが役立ってくれればいいが,道は遠いだろうと思う。今後ともがんばってください。応援してます。