もれる,もうだめだ。どうしよう,いつ終わるのだろうか?あとどのぐらいかかるのだろうか?支離滅裂な考えが,頭の中を回り続ける。しかし,考えていることはただ一つ,いや二つか。
おしっこしたい!
いつ終わるの?
このことである。
取れたクラウンに穴があいていたことから,今までのかかりつけの歯医者が信用できなくなった。
それでもいつもの6ヶ月チェックに行くか?行ったとして,懸案のインプラントをどうすると答えるか?
そんなことを悩んでいたある日,ふとしたことから,会社のそば,車で5分以内のところに,日本人の歯医者さんが開業していると知った。さっそく連絡先を教えてもらい,予約を取った。
とにかく,見てもらって,応急処置だけでもしてもらおう。そして,いわゆるセカンドオピニオンというやつを聞いてみよう。そう思ったのだ。
普段なら,別に日本人のお医者さんは必要ない。しかし,こう事態が込み入って来たとき,日本語で相談できるのは,心強い。
行ってみると,まだ童顔の残る30代前半?いや童顔だがいくらなんでも後半かな?とにかく,そういう先生だった。
日本語は?きっとこちらで生まれ育ったのだろう。聞いていてネイティブ日本人なんだが,どうも言い回しがこちらくさい。
話しかけるときには,必ず名前を呼び,それから用件に入る。これは日本ではありえない。
まあ,とにかく,日本語で相談できて,一応インプラント以外の方法を模索してもらえたのでよかった。
インプラントが確かにベストの解であること。それは納得。
しかし,高くつくのと,インプラントなら絶対にリスクがないというわけではないことを説明された。
かといって,かなり虫歯が進んでおり,他の方法をとるにせよ,歯根治療は欠かせない。どのみち1000ドル単位のお金がかかることは間違いなかった。
まあ,ベストの解を取るのが一番かもしれなかったが,
「やっぱり歯を抜くのはいやだ!」
という思いが強い。
なるべく生きた歯を残す方針でやってもらいたい。
そう伝えた。
そうしたら,では治療に入りましょう!
ということになった。
まあ,インプラントにしないのなら,もう元の歯医者に戻る必要もあるまい。そう思って,お任せすることにした。
ここで,トイレに行っておくべきだった。
実はここに来る前,よせばいいのに,お茶を飲んでしまった。
そして,待合室で15分ぐらい待たされた。待合室がやや寒かった。
だから,診察室に通されたとき,すでに催していたのである。
でもまあ,今日はすぐ終わるだろう。そう高をくくったのが間違いだった。
まず,いきなり麻酔注射だ。来たか。
膨大な歯科受療歴を誇る(?)私であるが,この麻酔注射だけは好きになれない。
したあとのなんともいれない気持ち悪さ。そして麻酔液が漏れて,口の中にたれたときのあの苦い味。あれは勘弁して欲しい。
だが,オーストラリアに来てから,この麻酔注射がそれほどいやでなくなった。
ここの歯医者は,みんな注射がうまい。
ひとつも痛くしないし,液もほとんど漏らさない。
また,薬の量も必要最小限で,唇がはれ上がったような感覚にはならないし,まして,うがいしたら,だらしなく水がピュッピュッと麻酔された側から吹き出てしまったなどという醜態も晒さずに済む。
治療するのは右奥歯。そこで,次に,左の奥歯にゴム製の楔を入れてもらい,口が疲れないようにする。これは楽だ。
次,治療する歯を中心にゴム膜を張る。ゴム膜の上からメタルバンドで治療する歯を囲い,治療部分だけゴム膜を切って露出させる。
回りには枠をはって,ゴム膜を四方に伸ばして,口をふさいでしまう。
こうすると,霧だの水だの薬だのをかけても,口の中には何も入らない。これはありがたい。以前,歯根治療したときにもこれをやってもらい。日本でこんなことされたことないので,感動してしまった。
しかし,
困った。
もう身動きできない。
お,おしっこしたいなー。
治療が始まった。
キーンと削る。
シュシューと水かエアーで洗浄
ガリガリと棒で引っかく。ほじくる。
また洗浄
またキーンと削る。
これが延々繰り返される。
どうもこれは,長引くな。
すると,治療が終わったら,ここのトイレを借りるか?
いや,それも甘かった。
まだ,まだ?まだ?まだ?もっと?いつ終わるんだ。
今,トイレに行かせてもらえるだろうか?
しかし,口は大きく開いたまま。
ゆるされているのは,痛いという意思表示に手を挙げることだけ。
そのあと,どうやってトイレに行きたいと知らせればいいんだ?
まだ?
まだ?
うー
うー
穴掘りは続く。
ああ,限界だー
やっと掘り終わって,埋める方向で作業が始まった。
う,う,う,もう少しだー。がんばー
うー
うー
ゴム膜が外され,楔も取られた。
でも次の作業に入りはじめている。
手を挙げた。ちょっとまったあー!
でも,まだ歯の穴がふさがっておらず,先生は口から指を抜けない状態。
両手でTの字のサインをつくり,「ちょっとトイレに行きたいんですが」
といおうとしたが,
「ほっほ,ほいへひひひはいんへふは!」
は行しか発音できない。
TはタイムのTであり,かつ,トイレのTでもある。
ひたすら左手指先で,右の手のひらをつつき,Tの字を強調する。
「ほひへ,ほひへ!」
「え?」
「ほひへ,ほひへ」
「ああ,トイレ?ええー!もうちょっと我慢できませんか?」
「はへ,はへ」(だめ,だめ)
「こ,こまったなあ,今ここで唾液が入っちゃうとまずいんですよね。」
「はー」
「じゃあ,この楔,もう一度つけますから」
「はひ,はひ」
「口あけて,そのまま行ってきてください」
「はひ,はひ」
楔がふたたび突っ込まれた。
口を大きくあけたまま,トイレに飛び込む。
「はー,ひふはほほほっは」(死ぬかと思った)
5分ぐらい止まらなかった(うそですが,2分は続いたかも)
用を足し,立ち上がって,鏡をみたら,そこには,
ツッパリがかけそうなサングラス(実際には保護めがねですが)をかけたおっちゃんが,
口をだらしなくあけて立っていた。
「わ,はははははー」
我ながらだらしなく笑った。
診察室に戻る。
「だ,大丈夫ですか?」
「はひ!」
あんまり長いんで,大きい方だと思ったかもしれない。
その後は落ち着いて治療を受けたのは言うまでもない。
初回診察料,保険料差し引いても500ドル代だった。
あと3回は通わなくてはならない。
高いトイレだなー!次回も使わなくっちゃ割に合わん。
次回は爆撃だドン!